ティツィアーノのポエジア

Art

プラド美術館で7月まで素晴らしい【Pasiones Mitologicas神話へのパッション】という展覧会が開催されています。

フェリペ2世がヴェネチア派の天才画家ティツィアーノに、1551年に依頼したギリシャ神話連作6点が【ポエジア】ポエムと呼ばれています。画家の最高傑作と言われていますが、後々のスペイン王がギフトとして贈ってしまったために現在プラド美術館には2点しか残っていません。残り4点が400年以上経った今再びプラド美術館に集結したという偉大な展覧会です。

De Tiziano – Museo del Prado., Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=140998

これは1551年にティツィアーノが描いたフェリペ2世の肖像画でプラド所蔵です。この年に【ポエジア】をオーダーしていたという事実も感慨深いものがありますが、実はこのダマスキナードという象嵌細工を施した鎧は、マドリードの王宮に保存されており、絵画をみてから見学するとより感動が膨らみます。

【ポエジア】を依頼したフェリペ2世がアートコレクターとして、どのくらい逸出した存在であったかも証明していると思います。この6点の作品を宮殿内でどんな風に王が楽しんでいたのか想像するだけでも圧倒される贅沢な暮らしぶりがうかがえます。フェリペ2世はどうしても父親のカルロス5世と比べられてしまうために影があり、日の沈まない国スペインの絶対王政の頂点にあっても常に暗い存在のように思えたのですが、一連の彼のアートコレクションを知ると本の中での人格とは違うものを感じます。今回のこの【ポエジア】6点をみて、この歴史上でのフェリペ2世の存在感と、絵画への好みから感じられる人間性のギャップはより強く感じるものになりました。

まず最初に届いた一枚がこちらの【ダフネ】という作品。絵をオーダーした時のフェリペ2世は24歳。絵が届いたのは数年後だと思うのですが、30歳になる前の彼の好みは、輝かしいルネッサンスそのものの美しさを好んでいたことを分かります。

The Wellington Collection Asprey House London

ダフネのストーリーに興味のある方は是非ネット検索して調べてみてください。絵をより深く楽しめます。

そして、不思議なもう一枚の【ダフネ】。これが現在プラド美術館所蔵の作品ですが、数年前までこれがフェリペ2世が受け取った絵だと思われていました。実はそうではなく、この作品はベラスケスが17世紀にイタリアで買い付けた別のヴァージョンのダフネです。フェリペ2世のダフネは後にナポレオンの兄でスペイン王であったホセ1世によって大量の美術品が持ち去られるのですが、途中ウエリントン公爵のお陰で回復できた美術品として残り、この偉業の礼としてフェルナンド7世がウエリントン公爵に贈ります。1枚目のダフネがロンドンにある理由は、こういう歴史的なエピソードがあったからなのです。

                           プラド美術館所蔵 @pradomuseum

ベラスケスが購入したダフネは、よりエロチックさの強い作品です。

次に1554年【ヴィーナスとアドニス】がフェリペ2世のもとに届いたそうです。これは現在でも運よくプラドに残っています。女性がこんな風に自主的に男性に抱き着いている様子は、とてもスキャンダラスな構図だったそうで、特に当時の男性が一番興奮する身体の一部がお尻だったので、これはすごい作品であったこと間違いありません。後々までスペインに残った理由もそこにあるかもしれません。

プラド美術館所蔵 @pradomuseum

1556年には【ペルセウスとアンドロメダ】が届きます。

The Wallace Collection所蔵 London

ギリシャ神話の世界は何をテーマにしても美しいと思いますが、この作品はポンぺオ・レオニーという王家の彫刻家の手に渡り、後にイギリスに渡ってしまいます。

その他、3点は1704年フェリペ5世によって贈答品としてフランス大使の手に移り、フランス王室所蔵となりますが、フランス革命時にオルレアン家が売却。多くのコレクターの手を渡り、数年前からイギリスとスコットランドのナショナル・ギャラリーが購入。なぜスペインが買い戻さなかったのかが不思議です。

The National Gallery of London 所蔵

The National Galleries of Scotland 所蔵

6枚目、1562年最後にフェリペ2世のもとに届いた【エウロペの略奪】は、現在イサベラ・スチュワート・ガードナー美術館所蔵になっています。19世紀の終わりのアメリカの優れた女性コレクターの手に渡った傑作です。興味深いのは、ルーベンスがスペイン宮廷でこの作品を模写しており、プラド美術館には、それが所蔵されています。いつも展示されているわけではないのですが、時々観る事ができます。ルーベンスが模写したいと思った気持ちがわかるほどの秀作です。

イサベラ・スチュワート・ガードナー美術館所蔵 ボストン @wikipedia

こうして全ての依頼作品を見ると、画家と王の強い絆も感じられると思います。ティツィアーノは晩年相当長い年月をスペイン王室と共に過ごしたそうです。偉大な作品群もそんな環境で生まれたのでしょう。この展覧会はフィリペ2世についての考えも変わりましたが、ティツィアーノの画家としての偉業も納得させてくれるもので、ベネチアに残る彼の傑作の数々をしっかり見学しなくてはいけないと思うようになりました。

コロナのおかげでプラド美術館に人が密集しない中、これらの作品を鑑賞できて本当に恵まれていると思います。この作品が集結している様子を是非多くの方に見て欲しいです。

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